建築遺産のlog!

世界中の建物に行けるといいな

11か月の乳児はこんな生き物です。

娘は11か月の誕生月を迎えました。

だんだん元気さが増す今日この頃。疲弊していく親たち。

いつまでこのパワフルさは増していくんでしょうか。

 

いま、娘はこんな感じです。

 

・ご飯を全然食べなくなった。

4月までは食べてた気がするんですが、風邪で寝込んだのを機にほぼ食べなくなりました。

喉が痛くて食べなくなったのは分かるんですが、なぜ風邪が治った今も食べないのか…。

そのためがんばって作った離乳食は毎晩、親の夜食に変わっています。

 

ご飯を口に持っていった時のかわし方は、もうとてもお上手。

はじめの一歩とかで見た、宮田くんがスウェーでかわす感じです(はじめの一歩はボクシング漫画です)

ご飯を口に持っていく特訓で、ボクシング(の、避ける技術)が上達しそうな勢いです。

 

・ナイフとフォークを振り回す

金属質なナイフとかフォークはいたくお気に入り。

それを持ってご飯をすくおうとしたり、一応それなりの教育的効果はありそうなので、ヒヤヒヤしながら見守っています。

ナイフを逆手に持つとかやめてほしいですねえ…(;´Д`)

逆に柄の短いスプーンとかはもう見向きもしませんね。

大型の食器じゃないと納得しません。子どもは本物志向なのです。

 

 

・とにかく移り気!

もはや、このおもちゃが好きだとか、これを渡しておけば20分でも飽きずに遊んでるとか、そんなものは全然ないですね。

見飽きたおもちゃしか入ってないおもちゃ箱は最近ほとんど素通り。

おもちゃ以外の普通のものを次から次へと手に取ります。

 

そこに飲み終わったビール缶が置いてあれば飲もうとし、そこにハサミが転がっていれば目を輝かせて拾い、ゴミ箱があればあさり、財布があればあさります。

まあ、ビール缶もハサミも財布も放置しないでちゃんと仕舞え、という警告なんですかね…。

昨日はぼくが放置したシェーバーを虎視眈々と狙っていました。
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39度の熱が出てもこの元気!これでもぐったりしているほうです。

1歳前後の子の前には何も敵わないな、と思いました…。

 

いろいろな設計事務所(後編)

私の、設計事務所遍歴をお伝えしていくだけの内容です。

 

3社目:某コンビニ専門設計事務所

3社目はコンビニの設計をひたすら続けるだけの設計事務所でした。

 

コンビニ設計の流れはと言うと。

・まずはコンビニの営業の人たちと土地を見に行きます。法務局で土地情報は調べておきます。(半日)(ピクニックみたいで楽しい作業)

・見に行った土地の敷地図にコンビニのプランを落とし込みます(2時間で終わるかも)

 ・2~3週間、計画をこのまま進めていいのか、ただ待ちます。(60~80%ぐらいの物件はその後音沙汰なし)

・計画を進めていいとのコンビニ本部のお達しが出たら、役所協議を開始します(1週間~3か月)

・同時に実施設計図を描きます(最短半日)

・同時に確認検査機関用図書を作ります(確認申請図というやつですね)(最短半日)

・確認検査機関に図面を送り、審査を受けます(最短2週間)

・審査合格したら着工します(内緒だけどたまにフライング着工したりしてる…)

・コンビニ建築、内装(最短40日)(内緒だけど建設中、法令に&#%Ѕ#=#+@)

・コンビニOPEN(着工から平均で2か月)

という流れです。

描いていくとめんどくさい仕事のように思えてきますが、設計の中では驚異的に楽すぎる設計だと思います。

実施設計図なんて他の店舗の図面を流用するだけなので、半日どころかがんばれば3時間ぐらいで終わるんじゃないでしょうか(配置図以外は店の名前を付け替えるだけ!)。

 

土地を探しに行って、OPENまで半年ぐらい。これも驚異的なスピード。

ひとつひとつの設計は片手間にできるほど楽なんですが、コンビニ設計の大変さは、それを同時に30店舗ぐらいやらされるところです(*´Д`)

いくらひとつひとつの設計が楽だと言って、30店舗もやれるかー!と言いたいほど常に何かに追われることになります。

 

朝は8時30分のA物件のために市役所開庁時間に合わせてバリアフリー図を出しに行き、ついでに同じ市の法務局へB物件の登記簿を調べに行き、隣の市役所でC物件の調査を行い、さらに違う市の建設中コンビニで鉄筋検査を行い、会社へ帰ってD・E・F物件の基本設計を一気に仕上げ、G物件の緑化申請図を1枚書いたあとは、F物件の完了検査を行いにまた出かける…といった一日でした(;´Д`)

 

基本設計でほとんどの物件が消えて行くとはいえ、1週間に3~4物件が常に新規物件として投入されてきます。

それを5年ぐらい続けたので、いったい合計で何物件ぐらい手掛けたんでしょうか…。

コンビニ建築は物件数が異常に多くて余裕のある建設期間が取れなかったりするので、結構ブラックなところもありましたよ。

 

 

4社目:ゼネコン常駐設計事務所

 

4社目はゼネコン設計部に常駐している設計事務所。

ゼネコン設計部なので、設計するものは常に巨大な建物ばかりです。

設計期間5年なんていう建物もあります。

実質設計期間2日なんていうコンビニ設計とはまったく毛色の違う設計ですね。

来る日も来る日も見る図面は、一つの大型ビルの設計図。それを数年間飽きもせず眺めなければなりません。

来る日も来る日も見る図面はコンビニ図面のコンビニ設計と状況は似ているんですが、コンビニの場合、常に見るのは違う物件という違いがあります。

 

どちらが嫌か、と言われると圧倒的に大型ビル設計の方が嫌です。

何でもいいから、コンビニ設計でもいいから、違う物件で気分をリフレッシュさせてくれーとすがりたくなります。

 

ブラックなコンビニ建築に比べて、ゼネコン建築はびっくりするほど法令違反はありません。(契約はブラックなのかもしれないが)

コンビニならOKとされる法令違反ぎりぎりのグレーな話も、ゼネコンはNGになりますね。

そうやって、どんどん作業量が増えていった設計部は、平均帰宅時間22時なんてことになるのです。

終電がなくなってタクシー帰りも普通なゼネコン設計。

命をすり減らしてやるような仕事でもないだろう、ということで今、退職を考えていたりします…。(ゼネコン常駐設計事務所は比較的早く帰れますが…)

 

いろいろな設計事務所(前編)

私は設計事務所をいくつか転々としてきましたが、設計事務所といってもほんとにいろいろです。

もう、そこの社長のカラーが前面に出るので、100社あったら100通りの設計事務所があります。

「組織系」と言われる一部設計事務所以外、全て小企業ですからね。そこには数々のワンマン社長たちがひしめいているのです。

 

1社目:土木設計事務所

 

最初に入ったのは土木設計事務所でした。

入社当時、どぼくの「ど」の字も知らなかったんですが、CADの講習を3ヶ月受けただけで、簡単に入れました!

まあ、今でも土木の設計なんてできないですけどね。何で入れたんでしょう…。

 

土木設計は、高速道路や、橋梁、トンネルなどの設計をします。団地などの宅地造成、いわゆる宅造なんかの設計も行います。

都心から地方まで、山の上から川底までいろんなところで設計活動をするので現地調査などは大変です。

 

真夏の日に、自衛隊基地の中のとある施設の調査に行ったこともありました。

そこでは無数の蚊が飛び回っていて入った瞬間に10か所ぐらい刺される劣悪な環境でした。

顔面がボコボコになりながら作業をようやく終了し、暑さと疲れとかゆみに耐え兼ね、ビールを飲んで帰りました。

 

その時に飲んだビールが今までで一番おいしかったかもしれません。

 

他には、光も差さない真っ暗闇の廃墟の部屋でトイレなどの寸法を測るという仕事もありました。

何があってもトイレの鏡は絶対に見ないようにしていましたね。

何か映っては行けないものが映りそうですからね。

そんな廃墟を1階、2階、3階と全ての部屋を計測して一日かけてやっと終了です。

その調査した場所は、今は超高層タワーマンションが建っています。

あのタワーマンションも廃墟の跡地だと思うと微妙な気持ちになります。

 

そんな大変な土木設計ですが、土木はとにかく儲からない業種。

給料は激安で、生きていくのがやっとの生活でした。

残業代は全く無し。ボーナスもほとんど無し。

夢も希望も無い職場だと感じました。

 

昔は橋などの花形の設計が多かったようですが、最近は電柱の地中化だとか、既存高速道路のデータ化作業だとかしょぼい設計ばっかりさせられてました。

そんななか、社長はすごくいい人で、溌溂とした体育会系の社長。

 

この人なら一生ついていこう!と一瞬は思いましたが、給料のあまりの安さと残業の多さに1年で辞めました…。

 

 

2社目:某マンション設計事務所

 

2社目は来る日も来る日もマンションの設計ばかりやっているマンション専門の設計事務所でした。

 

建築の「け」の字も知らなかったのに雇ってくれました。

当然、会社に入ってから、梁ってなーに?「スラブ」ってなんだ?民族のことか?っていう感じで最初はかなり苦労しました。

梁ぐらい分かれよ!と今は思いますが、ほんとに知らなかったんです。

 

設計してたのは誰もが知っているマンションのブランド。

マンションって間取りの設計がとても多いので、間取りを描くのが好きな人は向いていると思います。

特に最上階の部屋はだいたいハイクラスの部屋になっていて、中の想定家具の絵なんかも細かく描いたりして面白かったです。

リビングの畳数は20畳確保、寝室は小さくても絶対に10畳確保、など細かく決まっていてそれに合わせるために間取りを考える日々でした。

 

ここの社長は目立たないおじいさん社長で(給料は手渡し)、専務がほぼ会社を牛耳っていました。

専務は社長が病気になると露骨に喜びます。(社長になれるから?)

 

その専務は、なぜか会社をねぐらにしていて、

朝出社すると打合せテーブルで寝ています。

会社に風呂はもちろんないので、たまに強烈な臭いが彼の周辺からは漂っていました(*´Д`)。

社長は今にも引退しそうな感じの高齢だし、跡取りがこんな感じだったらまずいと思い、ここもやはり1年ちょっとで辞めました…。(後半へ続く)

 

No.210⌒★【行田市】足袋蔵と行田/赤ちゃんの目覚まし

【建築遺産のlog!】第210号

2018年7月9日

 

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行田市駅周辺は文化財の建物がいっぱいです。

こちらは、国登録有形文化財の武蔵野銀行行田支店の建物。

建物周りはカストストンといういわゆる擬石を張り付けているようです。

カストストンのストンは石のことですが、「カスト」の方は鋳造するとか落とすとかの意味があって、セメントなどを洗い出して石っぽくしたもののことですね。

 

この建物は銀行→足袋会館→銀行という使われ方をしてきました。足袋会館って…。

 

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うまい、うますぎるのCMで有名な、十万石まんじゅうの行田本店。

これも国登録有形文化財。1883年明治16年築で、最近まで黒っぽい外壁でしたが、真っ白に改装したようです。

 

古い文化財の建物だからといって、お客さんを呼び込むわけではないようで、中に入るとお客さんは皆無でした。

5人ぐらいの店員さんに迎えられ、久々の客だったのか大変に親切な接客を受けました。

十万石まんじゅうは、皮はやまいもの風味があるあんこ菓子で、鹿児島のかるかんまんじゅうのような味わいがあります。

その他にもところ狭しとお菓子が陳列されていて、とても選びきれないほどでした。

 

この建物は呉服商→足袋蔵→十万石まんじゅうの店舗、という変遷を辿ってきました。

昭和の初期に行田市内では、足袋バブルがやってきて、行田じゅうの建物が一斉に足袋関連の建物になっていったのが分かりますね。

その後、バブルは一気にしぼんで行ったので銀行になったり、菓子屋に変わっていったのでしょう。

 

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大澤家の文庫蔵(国登録有形文化財、右側)。

大澤家は足袋の商家でここもやはり足袋関係の建物。

外壁はコンクリートのボーダー模様が特徴的です。

 

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忍城の近くのこの建物も足袋の会社の看板がかかっていました。

 

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鉄板の包帯に覆われた痛々しいこの蔵も足袋蔵(時田足袋蔵)。

このように、行田市街地では、少し歩いただけで足袋蔵にたくさん出会います。

 

水城公園

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最後に、駅から700~800mぐらい歩いたところにある、水城公園をぶらぶらして行きました。

ここは忍城の端の方だったところのようで、水攻めをされた忍城らしく、池に水を豊かにたたえていました。

柵も無い池の周りをたくさんの人が釣りをしていて、のどかな雰囲気。

この池ではどうやら、へら鮒などが釣れるようです。

 

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水鳥(サギ?)ものんびりしています。

比較的人に慣れているのか、近づいても逃げようとはしませんでした。

10m隣ではおじいさんが釣りをしていますが、サギもおじいさんも互いの事は眼中に無いという顔をしていました。

 

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釣りはやったことがないんですが、こんな雰囲気のところだったらやってみたいなあ、と思いました。

広い池を眺めているだけで飽きなさそうです。

 

ただ、水質が良くないところが玉にキズですが。なんとなく、臭ってきそうでした。

 

 

★auraの子育て日記(生後10か月)

 

自動目覚まし機能のお話

 

最近、4時半には起きます。

娘が4時半頃起き出していきなり耳元で遊び始めるからです(*´Д`)耳元でキャーとかワーとか。

4時半に起きるのはきっと日の出が早くなったからでしょうね。

どうでもいいですが、日の出の遅い九州ではもっと起きるのは遅くなるんでしょうか。

 

保育園でへとへとに疲れ果てるまで遊ばされた娘は夜6時過ぎにはすでに寝るモードに入ります。

夜6時過ぎに寝ると…朝の4時半でもう10時間就寝。

たっぷり寝て、元気に起きてきます。

いっぽう、残業でへとへとになって帰ってきたサラリーマンは4~5時間しか眠れないということになってしまうのです。

 

最近、寝坊の心配だけはしなくて良くなったのには感謝です…。

 

No.209⌒★【行田市】とゼリーフライ。田んぼアート、旧小川忠次郎商店/幼稚園では遅すぎる!話

【建築遺産のlog!】第209号

2018年7月4日

 

行田市にやってきました。行田市は隣の熊谷に隠れて目立たないですが、ほぼ熊谷と同じ気候なので、ものすごく暑い町です(冬は寒い)。

同じく川越や秩父、高崎に紛れて目立たないですが、観光都市でもあります。

そう、何となく目立たない町が行田市だと思います。

 

田んぼアートと蓮の花とゼリーフライ

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最近は、田んぼアートの町として急速に売り出し中です。

写真は2016年当時の田んぼアート。

なぜドラクエなのか。ドラクエ全盛期だった世代は今は30代~40代なので、その世代とその子どもたちをターゲットに考えたんでしょうか。

 

田んぼアートは緑で青々としている時が一番きれいですね。

稲穂が金色になる秋ごろは色が薄くなってしまいます。

 

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田んぼアートは古代蓮の里のすぐ脇で行われています。

 

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この時は古代蓮はもうすでに時期が終わっていて、他の蓮たちも軒並み咲いていませんでした。

わずかに残って咲いていたひねくれ者の蓮と展望台。

田んぼアートは、蓮の開花を考えると7月頃を目途に見に行くといいと思います。つまり今頃!

今年も田んぼアートはやってるんでしょうか…。

あまり目立たないので、やってるかどうかは不明です。

 

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ここでは行田名物ゼリーフライなども食べることができます。

 

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行田市中心部へは、JR高崎線の行田駅ではなくて、

JR高崎線の熊谷駅から秩父鉄道に乗り換えて、行田市駅からアクセスします。

行田市は日本遺産「和装文化の足元を支え続ける足袋蔵のまち行田」として認定されただけあって、それなりには観光客が降りるだろうと予測していたら、

行田市駅ではわずかに3人しか乗客は降りませんでした…(;´・ω・)。

「足袋蔵」というのはあまり観光資産にはならないんですね…。

 

旧小川忠次郎商店とそばとゼリーフライ

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行田市駅の付近は、文化財の建物がいくつもあって、5分ほど歩いたところにある旧小川忠次郎商店もそのひとつ。

今はそば屋となっていますが、昭和初め(昭和元年)に建てられた当時は足袋関連の商いをしていました。

足袋産業が隆盛を極めていたころの建物で、今では国登録有形文化財になっています。

 

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そば屋では、そばの他にやはりゼリーフライを頼むことができます。

隣のお客さんも、前のお客さんの、斜め隣のお客さんもゼリーフライを頼んでいて、その人気の高さがわかります。

どのお客さんにゼリーフライを持って行ったのか店員さんが混乱していて、しばらく厨房が騒然としていました。

 

ゼリーフライはソース味の強い変わりコロッケという感じの味で、さっぱりしたビールとよく合います!

この店のビールはなぜかグラスは出てこずに紙コップで飲まされるのが難点なんですが。何か、安っぽさが堪らないんです。

 

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店内には金庫なども残されており、行田がにぎわっていた頃の名残が感じられます。

ちなみにこのそば屋も大変ににぎわっていました。人を引き付ける、何かがある建物なのかもしれませんね。

 

 

★auraの子育て日記(生後10か月半)

 

幼稚園では遅すぎる!話

 

ソニーの井深大さんの有名な本「幼稚園では遅すぎる(人生は3歳までにつくられる)」を読んでいます。

すでに我が子は3歳までのリミットはあと2年ちょっとしかないので、この本に書かれてることが本当ならば今すぐに実行に移さなければなりません…。

3歳までの子供の脳の発達は、パソコンに例えるとハードウェアを整備していくようなものなんだそうです。

それに比べて、3歳以降はソフトウェアを入れていくようなものです。

つまり、どんなにいいソフトウェアを入れようと思ってもハードウェアの能力が低ければうまく動かないわけですね。

 

あと2年間はこの本に従っていろいろな経験をさせて、積極的に話しかけたり、「この子にはまだ早い」という口癖は廃止しようと思います!

 

それにしても、もう生まれてウン十年経ってる私は、ハードウェアはすでに整備済みなはずですが、取り替えはもうできないんですね…(´д`)

両親はちゃんと3歳までにいろんな経験をさせてくれたんでしょうか。

人の一生は後戻りできないということの怖さを知りました。

赤ちゃんが生まれてから3年間はぜひ一生懸命育ててあげましょう。

親も子も後悔しないように…。

 

No.208⌒★【北本市】北本の大きな宗教。解脱会御霊地、北本市役所児童館

【建築遺産のlog!】第208号

2018年6月30日

 

北本市は桶川より北、鴻巣より南にある市で人口は66000人で少しずつ減っている都市です。

大宮より北は、同じような町が続いていて、その中でもとりわけマイナーな町ですよね、北本って。

北本にいったい何があるのか、今まで考えたこともありませんでした、が、

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北本市には巨大新興宗教の解脱会がありました!(解脱会御霊地)

見た感じは正統な神道系の宗教施設のように見えます。

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もっと引いてみると、山の無い北本で、こんもりとした林になっています。

 

林の一角では、解脱会の信者たちがバーベキューか何かを食べていて、ダンス大会のようなものが開かれるところで騒がしい境内でした。

成功してる宗教ってだいたいのところコミュニティがしっかりしていて、入ってしまえばとても楽しそうですよね。

エホバの証人も、創価学会も天理教もみな、そういうところで信者を増やしてるような気がします。

核家族化とか会社の飲み会廃止の流れ、とかで独りの自由を謳歌してるけど、みんな、寂しいんですね。

みたいなことを考えながら歩いていました…。

 

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ちゃんと手入れがされている、庭。

 

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仏教の施設もあります。解脱会は、仏教、神道どちらの要素もある宗教のようです。

 

解脱会は、家庭やご先祖様、皇室を尊重し、感謝を捧げる、どちらかというと昔の良き時代の日本の心を持っている宗教のようです。

政治上はおそらく、右派。

そしてゆずの北川悠人くんの母親の出身宗教でもあります。

悠人くんの母親が設立した「かむながらのみち」の宗教施設・山梨県北杜市の身曾岐神社で今度ゆずのライブを行うそうですね(*‘∀‘)。

 

北本市役所・児童館

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解脱会御霊地の林から抜け出して、北本市役所へやってきました。北本市役所は新しい感じの立派な施設。

2015年に竣工。知る人ぞ知る、安井建築設計事務所が設計を行いました。

エントランスには芝生の広場があって、おにぎりを持った親子連れがのんびりしていました。

 

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市役所は土曜日で休みでしたが、児童館はオープンしていました。

横浜から来たんですが利用できますか…?とおどおどと言ってみたら、ぜんぜんOKですんなり入ることができました。

利用は無料ですが、無料とは思えないほどの充実ぶり。とても広いボールプールはしばらく貸し切り状態でした。

 

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ボールプールの上は吹き抜けになっていて、どちらかというと小学生向けの遊び場がさらに広がっています。

1階はオシャレ感の漂うこども図書館で絵本などがたくさん置かれています。市役所を出たところにも普通の図書館があって、そこにも絵本が置かれていたのでこども関係のものは充実していますね。

2階がボールプールがあるところですが、広い乳幼児スペースなど他に2室あってゆるやかに仕切られていました。

3階はボール遊びや、小学生向けボールプールもあります(乳児は使用不可)。屋外にも出られて、乗り物のおもちゃで遊ぶことができそうでした。

 

★今日のカレー(*‘∀‘) 

北本市といえばカレーだそうです。

北本市は石戸トマトといって大正時代から栽培している、トマトの名産地!

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北本市のカレーはトマトをふんだんに使ったトマトカレー。

ごはんはトマトライス、トマトに豚肉を巻いて揚げたものも乗っています。

このカレーは市役所の隣の図書館がある建物のレストランで食べることができます。(のんのスタジアム)

他にも北本市内に12店舗ほど。全国ご当地カレーグランプリなどたくさんの賞も取っています。

 

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トマトカレーレトルトも駅のコンビニ他いろんなところで売っています。

値段は少し高くて、いやめっちゃ高くて430円。

このレトルトカレーのいいところは、裏にトマトライスと豚トマト揚げのレシピが載っているところです。

これさえあればレストラン「のんのスタジアム」のカレーは、完全再現できそうです。

トマトライスはかんたん。ご飯を炊くときにトマトを入れるだけ。シンプルな味なのでトマトカレーによく合うんですね。

豚トマトは少し難しかったです。トマトの丸みに豚肉を巻き付けて行きますが、見事にトマトと豚肉は分離しました。球体だからね…。

 

No.207⌒★【日立市】日立のランドマーク?吉田正音楽記念館、日立セメント/電車とホームの隙間にベビーカーの車輪が落ちる理由

【建築遺産のlog!】第207号

2018年6月26日

 

吉田正音楽記念館

芝居小屋共楽館と日立市街の間にはかみね公園という、レジャーランドになっている山に建てられた公園があって、動物園も遊園地もプールもあります。

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吉田正音楽記念館もそのひとつ。

まあ、この方の名前は全く存じ上げなかったんですが、戦後長く活躍された作曲家で生涯に2400曲も作曲したと言われ、

代表作は例えば、橋幸夫の吉永小百合のデュエット曲「いつでも夢を」などがあるそうです。

ものまね歌合戦で鼻を豚鼻にした清水アキラが歌ってたような気がします。

 

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吉田正音楽記念館は内井昭蔵氏による設計で2004年平成16年築です。

内井昭蔵氏は2002年に亡くなってしまったので、その後事務所所員の手によって、亡くなった2年後に完成しました。

しかし吉田正音楽記念館の設計期間は2002年9月~2003年3月になっていますが、内井氏が亡くなったのが2002年8月。

内井氏はその前のコンペ部分にしか関わっていないのかもしれません。

 

記念館内は吉田正氏が作曲したであろう曲が鳴り響いていて、好きな方ならとてもいい空間なんでしょう。

最上階はカフェになっていて、良い展望でした。入場料は無料なのでファンの方もそうでない方も行ってみてはいかがでしょうか。

 

この建物のコンセプトは「塔」だそうです。ランドマーク的な建物として、また眺望を楽しむ建物でもあるのです。

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日立市街地が一望できます。

イトーヨーカドーの後ろには丸い球体が乗る日立シビックセンター。

 

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これは日立セメントの工場。

日立製作所とは何の関係もないそうです!

日立セメントは日立市内にある大平田鉱山という鉱山で石灰石を産出し、

グーグルマップを見てもらうとわかるんですが、そこから1本の線が山を這って、市街地に出てきてそれは日立セメントまで続いています。

長い長いパイプラインのような石灰石を運び出す導線。

鉱山都市日立ならではの光景を見られると思います。

 

 

★auraの子育て日記

 

電車とホームの隙間にベビーカーの車輪が落ちる理由

 

電車とホームの隙間にベビーカーの車輪を落として挟んでいる人をたまに見ませんか?

あーあ、いったい何してるんだろう、ちょっと気を付けたらそんなことしないのに、馬鹿だなあこの人、と思っていました。

 

でも、先日、僕も、車輪を落とし込んでしまいました(*´Д`)。

子どもが生まれてから数か月間、そんなことは一度も無かったのに、やってしまいました。

なぜ、そんなことになったんだろう、と考えたんですが、

それは、子どもの体重が急激に大きくなったからですね。

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ムチムチの手、ムチムチの足、ムチムチの顔…。

急激に体重を増していったので、前は簡単にベビーカーの車輪が上がったのに、その感覚で電車に乗り込もうとして失敗してしまうのです…。

現在は9.5㎏ぐらいですが、最近はベビーカーの片足立ちをしようとしたらハンドルが折れるんじゃないかというぐらい全然持ち上がらないことが多々あります。

 

電車で車輪を落とし込んでいるドジな親を見かけたら、赤ちゃんはすくすくと良く育ってるのね、と思ってください。